大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)6210号 判決

昭和四九年(ワ)第四七九一号事件原告

村原フミコ

昭和五一年(ワ)六二一〇号事件原告

村崎栄治

ほか二名

被告

大阪東洋タクシー株式会社

ほか三名

主文

一  被告寝屋川建設株式会社は、原告村原フミコに対し、金九三〇万四九二四円及びこれに対する昭和四八年四月二三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告村崎栄喜、同村崎好弘及び同倉田真弓それぞれに対し、金一六〇万〇八二二円及びこれに対する昭和四八年四月二三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告寝屋川建設株式会社に対するその余の請求並びに被告大阪東洋タクシー株式会社、同田中義幸及び同高田勝弘に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告らと被告寝屋川建設株式会社との間に生じた分は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を同被告の負担とし、原告らと被告大阪東洋タクシー株式会社、同田中義幸及び同高田勝弘との間に生じた分は、全て原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告フミコに対し、二〇〇〇万円及びこれに対する昭和四八年四月二三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告栄喜、同好弘、同真弓それぞれに対し、二〇〇万円及びこれに対する昭和四八年四月二三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁(ただし、原告栄喜、同好弘、同真弓の請求に対する被告寝屋川建設の答弁を除く。)

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和四八年四月二二日午前〇時二〇分頃

2  場所 京都市綴喜郡八幡町大字八幡荘小字南山先道路上

3  (一)加害車 営業用乗用自動車(タクシー。泉五あ八八三八号。以下甲車という。)

右運転者 被告田中

(二)加害車 自家用乗用自動車(大阪五五つ九六四七号。以下乙車という。)

右運転者 訴外田村稲雄(以下田村という。)

4  被害者 訴外亡村原一文(以下一文という。)

5  態様 京都方面から大阪方面に進行中の乙車が前方を進行中の甲車に衝突し、その反動で、甲車は道路左側のガードレールに衝突したうえ、センターラインを越え、乙車もセンターラインを越え、いずれも折柄対向車線を進行してきた一文の運転する自動車(以下被害車という。)に衝突した。

二  責任原因

1  被告大阪東洋タクシー

(一) 運行供用者責任(自賠法三条)

被告大阪東洋タクシーは、甲車を業務用に使用し、自己のために運行の用に供していた。

(二) 使用者責任(民法七一五条一項)

被告大阪東洋タクシーは、被告田中を雇用し、被告田中が被告大阪東洋タクシーの業務の執行として甲車を運転中、後記2の過失により本件事故を発生させた。

2  被告田中

一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告田中は、前方不注視、ハンドル及びブレーキ操作不適当の過失により本件事故を惹起した。

3  被告寝屋川建設

(一) 運行供用者責任(自賠法三条)

被告寝屋川建設は、乙車を業務用に使用し、自己のために運行の用に供していた。

(二) 使用者責任(民法七一五条一項)

被告寝屋川建設は、田村を雇用し、同人が被告寝屋川建設の業務の執行として乙車を運転中、前方不注視、ハンドル及びブレーキ操作不適当の過失により本件事故を発生させた。

4  被告高田

運行供用者責任(自賠法三条)

被告高田は、乙車を保有し、自己のために運行の用に供していた。

三  損害

1  受傷、死亡

一文は、本件事故により頭蓋底骨折の傷害を被つた結果、事故当日午前一時五分に死亡した。

2  一文の損害額

(一) 治療費 六万九八四〇円

(二) 葬儀費用 三五万円

(三) 死亡による逸失利益 三八九四万一四九〇円

一文は、事故当時三四歳で、印刷材料研摩業を経営し、昭和四七年度は一ケ年二九〇万円を下らない収入を得ていたものであるところ、同人の就労可能年数は死亡時から三三年、生活費は収入の三〇パーセントと考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、三八九四万一四九〇円となる。

(四) 慰藉料 七〇〇万円

3  原告らの弁護士費用相当の損害額

原告フミコにつき二〇〇万円、その余の原告らにつき各三五万円

四  相続

原告フミコは、一文の妻、その余の原告らは、一文の父違いの兄弟であるところ、一文の死亡により同人の被告らに対する本件損害賠償債権を法定相続分に従い、原告フミコにおいて三分の二、その余の原告らにおいて各九分の一宛相続により取得した。

五  損害の填補

原告らは、自賠責保険金一〇〇六万八二四〇円、田村から七二〇万一六〇〇円の各支払を受けた。

六  本訴請求

よつて、原告らは、被告らに対し、本件損害金の内金請求として、請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は不法行為の翌日から民法所定の年五分の割合による。)を求める。

第三請求原因に対する被告らの答弁

一  被告大阪東洋タクシー及び被告田中

1  請求原因一の1ないし4の事実及び5のうち乙車が甲車に追突し、両車がその反動でセンターラインを越えて被害車に衝突したことは認め、その余の事実は不知。

2  同二1の(一)の事実は認める。

3  同二1の(二)のうち被告田中に過失があつたことは否認し、その余の事実は認める。

4  同二の2の事実は否認する。

5  同三のうち一文が死亡したことは認め、その余の事実は不知。

6  同四の事実は不知。

7  同五の事実も不知。

二  被告寝屋川建設及び被告高田

1  請求原因一の1ないし4の事実及び5のうち乙車と甲車とが衝突し、更に右両車が被害車と衝突したことは認め、その余の事実は争う。

2  (被告寝屋川建設)同二の3の事実は否認する。

3  (被告高田)同二の4の事実も否認する。

乙車の所有名義人は、被告高田であるか、同車の実質的保有者は被告寝屋川建設であり(被告寝屋川建設は、昭和四八年一月二〇日訴外富士火災海上保険株式会社(以下富士火災という。)との間で乙車につきいわゆる任意の自動車対人賠償責任保険(以下任意保険という。)契約(証券番号八〇・一七六七号。一事故につき保険金一〇〇〇万円)を締結していた。)、被告寝屋川建設の代表者細川信一の妹の夫(義弟)である被告高田は、被告寝屋川建設に単に名義を貸与していたに過ぎない。

4  同三のうち一文が本件事故により死亡したことは認め、その余の事実は不知。

5  同四の事実は不知。

6  同五のうち原告らが一七二六万九八四〇円の支払を受けたことは認める。

しかし、そのうち七二六万九八四〇円は被告寝屋川建設の出捐により支払われたものである。

第四被告らの抗弁

一  被告大阪東洋タクシー

(免責)

本件事故は、田村の一方的過失によつて発生したものであつて、被告田中には何ら過失がなかつた。すなわち、被告田中は、左側車線を走行中、田村の無謀運転によつて追突されたのであつて、これを事前に回避することは不可能であつたところ、被告田中は、右追突による衝撃のため、一時意識を完全に失い、その後も半ば昏睡状態にあつたものであつて、被害車との衝突も回避不可能であつた。そして、本件事故の発生と被告大阪東洋タクシーの過失の有無、甲車の構造上の欠陥又は機能上の障害の有無とは無関係であるから、結局被告大阪東洋タクシーには損害賠償責任がない。

二  被告大阪東洋タクシー及び被告田中

(損害賠償債務の免除等)

1 原告フミコは、昭和四八年一〇月三一日一文の相続人である原告ら四名の代表として被告寝屋川建設及び田村との間で、本件事故について示談契約を締結し、原告フミコを除くその余の原告らは、昭和五一年(ワ)第六二一〇号事件における同年一二月二三日の本件口頭弁論期日に右代表による示談契約締結行為を追認する旨の意思表示をしたところ、右契約には、原告らは甲車の自賠責保険金を請求する以外には、被告大阪東洋タクシー及び被告田中の原告らに対する本件損害賠償債務を免除することを約する旨の内容が含まれている。なお、被告大阪東洋タクシー及び被告田中において、右契約の利益を享受する旨の意思表示を要するかどうかについては、民法五一九条との関係上疑問であるが、念のため、同被告らは、昭和四九年(ワ)第四七九一号事件における昭和五一年八月二六日の本件口頭弁論期日において、原告フミコに対し、右受益の意思表示をした。

2 仮に右1の主張が認められないとしても、原告フミコは、昭和四八年一二月七日富士火災に対し、被告大阪東洋タクシー及び被告田中に対する本件損害賠償請求権について、既に受領済の甲車の自賠責保険金五〇〇万円を除き放棄する旨の意思表示をした。なお、被告大阪東洋タクシー及び被告田中は、前記1と同趣旨で、念のため、昭和四九年(ワ)第四七九一号事件における昭和五一年八月二六日の本件口頭弁論期日において、原告フミコに対し、右放棄による利益を享受する旨の意思表示をした。

三  被告寝屋川建設(ただし、昭和四九年(ワ)第四七九一号事件について。)

(示談契約)

原告フミコは、昭和四八年一〇月三一日一文の相続人である原告ら四名を代表し、若しくは、本人兼原告栄喜、同好弘、同真弓の代理人として、被告寝屋川建設及び田村との間で、本件事故について原告らが合計一七二六万九八四〇円の支払を受けることにより円満に解決する旨の示談契約を締結したところ、右約定金額が原告らに支払われたことは原告らの自認するとおりである(請求原因五参照)から、原告らの損害賠償請求権は右示談により消滅した。

なお、右示談契約は、原告フミコと田村と被告寝屋川建設の代理人である同被告渉外担当員訴外加賀星光との三者が最終的に一堂に会して成立させたものであるところ、被告寝屋川建設は、その原作成された示談書の当事者欄には加害者たる田村名のみを記載した方が同人の刑事裁判における量刑上有利であると判断して、この関係から被告寝屋川建設名を記載しないこととするが、ただし、任意保険金請求手続には同保険契約者である被告寝屋川建設が本件事故についての当事者であることを明確にせざるをえない関係上、その際には同被告名を記載したうえ右保険金請求を行う旨を原告フミコに申し出、同原告は右申し出を納得していたのである。

四  被告高田

(損害賠償請求権の放棄)

原告らは、被告寝屋川建設側の者との間においては、全て前項の示談により解決済であることは勿論のこと、他の関係者に対しても別途更に請求しないとの前提で、昭和四八年一二月七日被告大阪東洋タクシーに対する一切の本件損害賠償請求権(ただし、原告らが既に受領済の甲車の自賠責保険金を除く。)を放棄する旨の意思表示をした経験があり(乙第二号証参照)、したがつて、原告らは、右の時点で被告高田に対する本件損害賠償請求権も放棄する旨の意思表示をしたものというべきであり、これを被告高田は採用する。

第五被告らの抗弁に対する原告らの答弁

一  被告らの抗弁一(被告大阪東洋タクシーの主張)の事実は争う。

二  同二の1、2(被告大阪東洋タクシー及び被告田中の主張)のうち原告フミコが昭和四八年一〇月三一日一文の相続人である原告ら四名を代表して田村との間で、本件事故について示談契約を締結し、原告フミコを除くその余の原告らが昭和五一年(ワ)第六二一〇号事件の同年一二月二三日の口頭弁論期日に右行為を追認する旨の意思表示をしたことは認め、その余の事実は各受益の意思表示の点を除き争う。

三  同三(被告寝屋川建設の主張)のうち原告フミコが昭和四八年一〇月三一日一文の相続人である原告ら四名を代表して田村との間で、本件事故について被告寝屋川建設の主張する内容の示談契約を締結したこと、右約定金額が原告に支払われたことは認め、その余の事実は争う。

原告らは、被告寝屋川建設との間で示談契約を締結したことはなく、このことは、同被告の事故担当係員が本件事故は田村の個人的責任によるものであつて、被告寝屋川建設には一切責任がないとの態度をとり続け、しかも乙車には任意保険をつけていないといい続けたこと、原告フミコの作成した領収証の宛名は全て田村名になつていることなどの点からみても明らかである。

四  同四(被告高田の主張)の事実は争う。

第六証拠関係〔略〕

理由

第一事故の発生

請求原因一の1ないし4の事実及び5のうち甲車と乙車とが衝突(追突)し、更に右両車が被害車と衝突したことは当事者間に争いがない。そして、本件事故のその余の具体的態様等の事情は次のとおりである。すなわち、

その方式及び趣旨により真正な公文書と推定すべき丙第五、第六(ただし、後記措信しない部分を除く。)号証、第一一ないし第一三号証、第一五、第一六号証、第一八、第一九号証、第二一、第二二号証、第二七(ただし、後記措信しない部分を除く。)、第二八号証、第三四号証(ただし、後記措信しない部分を除く。)、前掲丙第一三号証によつて成立を認める同第一四号証(ただし、以上いずれも原告らと被告大阪東洋タクシー、同田中との間においては成立に争いがない。)、被告田中本人尋問の結果によると、次の事実を認めることができる。

一  本件事故(後記第一ないし第三事故を指す。以下同様である。)現場は、南北に通じる国道一号線(枚方バイパス)上であり、付近の車道部分は、幅員一四メートルのアスフアルト舗装道路で、センターラインの地表により北行及び南行車線(両車線共幅員七メートル)に分離され、かつ、両車線共二車線(一車線幅員三・五メートル)に区分されており、右車道部分の両側(東西)には、それぞれ幅員一メートルの路側帯があり、右各路側帯の外側(東端及び西端)にはガードレールが設置されていること、

二  本件事故現場付近は、直線かつ平坦な道路であり、その地形上前方の見通しは良く、また、最高速度として時速六〇キロメートルに制限されていたこと、

三  本件事故当時は深夜であつたところ、第二及び第三事故現場付近は街燈による照明がなされていたものの、第一事故現場付近は街燈その他照明となるべき設備はなく、暗かつたこと、そして、本件事故当時前日来の雨が降り続いており、路面は降雨のためびしよぬれの状態にあり、また、車両交通量は少なかつたこと、

四  被告田中は、甲車(普通乗用自動車。車長四・六六メートル、車幅一・六九メートル、車高一・一一メートル)を運転して時速約六〇キロメートルで、前記南行車線の走行車線ほぼ中央付近を正常な運転方法により北から南進していたこと、

五  他方、田村は、酒気(呼気一リツトルにつき〇・五ミリグラム以上のアルコール)を帯びて乙車(普通乗用自動車。車長四・四二メートル、車幅一・六二メートル、車高一・四〇メートル)を運転し、時速約八五キロメートルで、前記南行車線の走行車線内追越車線寄りを前述の甲車の後方から同車に追従中、約一七・九メートル前方に前記四のとおり南進している甲車を発見したが、漫然同一速度で、同一進路を進行して甲車の後方約二メートルに迫つてようやく追突の危険を感じ、右に転把して同車を追越そうとしたが、及ばず、遂に同車右後部に乙車左前部を追突させ(右追突地点は丙第五号証中現場見取図〈×〉1参照。右追突を第一事故という。)、その衝撃で甲車を左前方に押出して道路左端のガードレールに衝突させたこと、

六  右追突による衝撃により、被告田中は、ヘツドレストに後頭部を打ちつけ、更に、前のめりになつてルームミラーに額を打ちつけたため、一瞬意識を喪失し、その直後半ば朦朧とした意識状態の中で、自己がハンドルから左手をはずし、左前かがみになつていること及び甲車がその左側部をガードレールに接触しつつ走行していることに気づいたが、かかる状況のため甲車を的確に制禦する能力を失つており、咄嗟に危険を回避すべく無我夢中で右に転把したものの、ハンドルを切り過ぎたため甲車が対向車線(北行車線)に向かつて右斜め前方に暴走してしまい、同被告はその途中依然として的確な制禦能力を欠いたまま衝突等の事故の発生を回避する措置を取りえず、そのままセンターラインを越えて前記追突地点から約六七・八メートル離れた対向車線の走行車線中央付近(同見取図〈×〉2参照)まで到り、同所において、折柄同所に南から北進してきた被害車の右側部に甲車の右前部を衝突させて(これを第二事故という。)被害車を同車の進路左前方に押しやり、甲車は道路西側のガードレールに衝突して停止したこと、

七  他方、田村も前記追突による衝撃のため乙車を的確に制禦することができず、進路右斜め前方にセンターラインを越えて暴走し、前記追突地点から約六一・五メートル離れた道路西端の路側帯内(前記見取図〈×〉3参照)において、前記のとおり甲車との衝突後走行してきた被害車の前部に乙車の左前側部を衝突させ(これを第三事故という。)、同所付近において右両車がようやく停止するに至つたこと、

以上の事実を認めることができ、丙第六号証、第二七号証、第三四号証中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしたやすく措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。

第二被告らの責任

一  被告大阪東洋タクシー

1  運行供用者責任について。

請求原因二1の(一)の事実は原告らと被告大阪東洋タクシーとの間に争いがない。

そこで、以下被告大阪東洋タクシーの免責の抗弁について判断する。

前記第一に認定した事実によれば、本件事故は、田村が約一七・九メートル前方に甲車を認めた際、直ちに減速して甲車との安全な車間距離を保持するなどして甲車との追突事故の発生を防止すべき注意義務があるのに、これを怠つた一方的過失に起因するものであつて、被告田中には、第一事故(追突)の発生についてその原因となるべきハンドル、ブレーキ操作の不適当その他の注意義務違反はなかつたものというべきであり、また、第二事故の発生は、被告田中が右追突による衝撃の結果甲車を的確に制禦しえなくなつたため生じた止むをえない成り行きであつたものといわざるをえず、同被告としては右事故の発生を回避することは著しく困難であつたものであるから、同被告には、第二及び第三事故の発生についてもその原因となるべき注意義務違反はなかつたものというべきである。そして、本件全証拠によるも、本件事故の発生について他に被告田中に何らの過失も認められない。また、前記第一に認定した事実及び弁論の全趣旨によれば、被告大阪東洋タクシーの過失の有無、甲車の構造上の欠陥又は機能上の障害の有無は本件事故発生と何ら因果関係を有しないことが明らかである。

以上によると、被告大阪東洋タクシーの過失の有無等を論ずるまでもなく、同被告の免責の抗弁は理由がある。

よつて、被告大阪東洋タクシーには自賠法三条所定の運行供用者責任はない。

2  使用者責任について。

前述のとおり被告田中に過失が認められない以上、その余の点について判断するまでもなく、被告大阪東洋タクシーに民法七一五条一項所定の使用者責任は認められない。

二  被告田中

一般不法行為責任について。

本件事故の発生につき被告田中に過失が認められないことは前述のとおりであるから、同被告に原告ら主張の民法七〇九条所定の不法行為責任は認められない。

三  被告寝屋川建設及び被告高田

運行供用者責任について。

前掲丙第一九号証、第二七号証(ただし、右各丙号証のうち後記措信しない部分を除く。)、原本の存在とその成立に争いがない乙第五ないし第七号証、証人鳥毛峰子の証言によつて成立を認める乙第八号証、第一〇、第一一号証、その方式及び趣旨により真正な公文書と推定すべき丙第三号証、証人加賀星光、同鳥毛峰子の各証言、被告高田本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

1  被告高田は、道路の舗装、土木工事等の請負業を営む被告寝屋川建設の代表取締役である細川信一の妹の夫(義弟)であるところ、高田商店との商号でいわゆる車両の持ち込みにより、舗装資材等を被告寝屋川建設の購入先から工事現場まで運搬することを同被告から請負うことを業としていたこと、

2  昭和四八年一月頃被告寝屋川建設は、訴外大阪トヨタ自動車株式会社(以下大阪トヨタという。)から乙車を購入するに当たり、自動車の登録手続上必要とされる車庫証明が容易に得られなかつたところ、当時偶々被告高田の住所である交野市梅ケ枝四六二を自動車の使用の本拠の位置と定めれば、車庫証明書の提出を要さずに右登録手続をしうる取扱いになつていたので、右手続の便宜上被告高田を買主名義にしておくこととし、この点につき同被告の承諾を得て同年一月二〇日頃大阪トヨタとの間で買主名義人を被告高田、代金を一三三万一〇五〇円とし、うち五〇万円については被告寝屋川建設所有の下取車の引渡によつて弁済し、残金八三万一〇五〇円と後記任意保険の保険料七万四八七〇円との合計九〇万五九二〇円については被告寝屋川建設が同年三月から昭和四九年一〇月までの毎月二五日を満期とする手形二〇通を交付して決済することによつて支払う旨の約定で乙車を買受けたこと、

3  そして、被告寝屋川建設は、右売買契約締結に際し、大阪トヨタに約定の下取車を引渡すと共に手形二〇通を交付し、また、乙車の自賠責保険の保険料及び自動車税を支出したほか、富士火災との間で乙車につき任意保険契約(一事故、一名につき一〇〇〇万円)を締結し、その後同被告の資金によつて右手形の決済をしていたものであり、被告高田は、これらにつき何らの支出もしなかつたこと、

4  乙車は、平素被告寝屋川建設によつて同被告の車庫に保管され(同車の鍵は同被告の事務所に保管されていた。)、同被告の業務用及び社員の通勤用に使用されていたものであり、被告高田は同車を二、三回使用したことがあるに過ぎないこと、

5  田村は、昭和四八年四月始め被告寝屋川建設に入社したものであるところ、事故前日の午後五時頃勤務を終了した後、同被告の同僚らを乙車に乗車させて自己の運転により京都市内を飲み回り、その帰途本件事故を惹起したこと、

以上の事実を認めることができ、丙第一一号証、第一九号証、第二七号証、証人加賀星光の証言中、乙車が被告高田の所有に属するものである旨の供述、記載部分は、これらが如何なる認識、意味合いのもとに供述されたものであるのが不明であるうえ、前掲各証拠に照らすと、たやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。なお、丙第二七号証、第三四号証中には、田村が事故前日乙車を被告高田から借受けた旨の供述記載部分が存するが、同記載部分も前掲各証拠に照らしたやすく措信し難く、他に被告高田が乙車の使用ないし使用許諾の権限を有することを認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、被告高田は、大阪トヨタとの間の乙車の売買契約につき被告寝屋川建設のために買主たる名義を貸与したものである(右名義貸与の関係から乙車の自動車登録フアイル及び自動車検査証には、使用者の氏名として被告高田名が、また、使用者の住所及び使用の本拠の位置として同被告の前記住所が各登載されたことが推認しうる。)けれども、他に特段の事情も立証されない本件においては、右名義の貸与は専ら前認定の乙車の自動車登録手続の便宜上の理由によるものであるに過ぎないものと認められ、したがつて、乙車の運行を支配し、また、その運行による利益を享受していた者は、同車の実質的買主としてこれを使用する権利を有していた被告寝屋川建設であつて、被告高田ではないものというべきである。

よつて、被告寝屋川建設は、運行供用者として自賠法三条により本件事故による一文及び原告らの損害を賠償する責任がある(前記5の認定事実のみでは同被告が加害車の運行支配、利益を失つたものということはできず、他に同被告が加害車の運行支配、利益を失つたことを認めるに足りる資料はない。)が、被告高田には右運行供用者責任は認められない。

第三損害

一  受傷、死亡

成立に争いがない甲第二号証、その方式及び趣旨により真正な公文書と推定すべき丙第七号証によると、一文は、本件事故により頭蓋底骨折の傷害を被つた結果、事故当日午前一時五分頃死亡したことを認めることができる(ただし、一文が本件事故により死亡したこと自体は原告らと被告寝屋川建設との間に争いがない。)。

二  一文の損害額

1  治療費 六万九八四〇円

成立に争いがない甲第三号証及び弁論の全趣旨によると、一文は、本件事故による治療費として六万九八四〇円を要したことが認められる。

2  葬儀費用

一般に、交通事故によつて生命を侵害された者の葬儀費用は、これを支出ないし負担した遺族等の固有の損害であつて、死者自身の損害ではないものと解するのが相当であるから、一文の葬儀費用を同人の損害額としては計上しえない。もつとも、本件においては、一文の損害額として計上しえない場合には、後記認定のとおり同人の葬儀費用を負担した原告フミコが自己の固有の損害として主張している趣旨と解しうるので、後記のとおり同原告の固有の損害額として計上することとする。

3  死亡による逸失利益 二三〇五万七三九〇円

成立に争いがない甲第六号証、その方式及び趣旨により真正な公文書と推定すべき丙第二四号証、原告フミコ本人尋問の結果によると、一文は、本件事故当時三四歳で、印刷材料研摩販売業を営み、妻原告フミコと共に生活していたことが認められる。

ところで、原告らは、一文が右稼働により昭和四七年度一ケ年二九〇万円を下らない収入を得ていたと主張し、甲第五号証の一ないし八を提出し、これに基づく原告フミコ本人尋問の結果を援用するが、右甲号各証は、昭和四七年一一月ないし昭和四八年四月までの間の売掛金及び支払金についてその各月における各取引先毎の合計金額のみが便箋に記載されたものであるに過ぎず、しかも、各月の収支の変動が顕著であるうえ、昭和四八年二月の売掛金に関する資料が遺脱している点を考慮すると、右各証拠をもつて一文の逸失利益算定の基礎資料とするには不十分であり、また、前掲丙第二四号証中には、一文の月収入は約一五〇万円程度あつた旨の原告フミコの供述記載部分が存するが、その記載内容自体に照らし、同記載部分をもつてしても前記算定資料とするには足りず、他に一文の事故当時の収入を的確に認めるに足りる証拠はないが、先に認定した一文の稼働の事実に原告フミコ本人尋問の結果及び経験則を合わせ考えると、一文は、事故当時少なくとも労働省統計情報部作成の昭和四八年賃金センサス中、一文と同世代(三〇歳ないし三四歳)の男子労働者の平均給与額(ただし、産業計、企業規模計、学歴計である。)一ケ年一七一万七一〇〇円と同程度の収入を得ていたものと認められる。

以上の事実及び経験則によれば、一文は、事故がなければ死亡時から三三年間稼働し、その間少なくとも前認定一ケ年一七一万七一〇〇円と同程度の割合による収入を得ることができ、生活費として収入の三〇パーセントを要する筈であつたと考えるのが相当であるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、二三〇五万七三九〇円となる。

(算式一七一万七一〇〇×(一-〇・三)×一九・一八三=二三〇五万七三九〇)

4  慰藉料 七〇〇万円

本件事故の態様、結果、一文の年齢、親族関係その他諸般の事情を合わせ考えると、一文の慰藉料額は七〇〇万円とするのが相当であると認められる。

三  原告フミコ固有の損害

葬儀費用 三五万円

原告フミコが一文の妻であることは前認定のとおりであるところ、前掲丙第二四号証、原告フミコ本人尋問の結果によると、同原告は一文の死亡に際し葬儀を挙行したことが認められ、一文の年齢、右身分関係等の諸事情を斟酌し、かつ、経験則に照らすと、同原告は右葬儀費用として三五万円を要したことが認められる。

第四相続

原告フミコは一文の妻であるところ、前掲甲第六号証、成立に争いがない同第七、第八号証、原告フミコ本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、原告栄喜、同好弘、同真弓は母を同じくする一文の弟妹であること及び一文には原告らのほかに相続人たるべき者が存在しないことが認められる。

そうすると、一文の死亡により同人の被告寝屋川建設に対する前記損害賠償債権について各法定相続分に応じ、原告フミコにおいて三分の二、その余の原告らにおいて各九分の一宛相続承継したことが認められ、その結果、原告フミコの同被告に対する損害額は二〇四三万四八二〇円(相続分二〇〇八万四八二〇円と固有分三五万円との合計)、その余の原告らの同被告に対する損害額は各三三四万七四七〇円(相続分)となる。

第五損害の填補

原告らが自賠責保険金等計一七二六万九八四〇円の支払を受けたことは原告らと被告寝屋川建設との間に争いがないところ、そのうち葬儀費用として支払われたのは二〇万円であることは後記認定のとおりであり、原告らは、右一七二六万九八四〇円を控除して損害金の支払を求めている。

そこで、そのうち二〇万円は原告フミコの前記損害額から、一七〇六万九八四〇円は原告らの相続分に応じて原告らの前記損害額からそれぞれ差引くと、残損害額は、原告フミコにつき八八五万四九二四円、その余の原告らにつき各一四五万〇八二二円となる。

第六被告寝屋川建設の示談契約の主張について。

原告フミコが昭和四八年一〇月三一日一文の相続人である原告ら四名を代表して田村との間で本件事故について原告らが合計一七二六万九八四〇円の支払を受けることにより円満に解決する旨の示談契約を締結したこと、右約定金員が原告らに支払われたことは、原告らと被告寝屋川建設との間に争いがないところ、同被告は、自己も右示談契約の当事者である旨主張するので、以下この点について判断する。

前掲甲第三号証、乙第五ないし第七号証、丙第三号証、第二四号証、第三四号証、成立に争いがない甲第一号証、第四号証、原本の存在とその成立に争いがない乙第三、第四号証、その方式及び趣旨により真正な公文書と推定すべき丙第一、第二号証、第四号証、第二五号証、第二九号証、第三三号証、第四一号証、丙第三〇号証の刑事記録中における存在、丙第三二号証中昭和四八年一〇月三一日付領収書写しの刑事記録中における存在、弁論の全趣旨によつて原本の存在とその成立を認める丙第三五ないし第四〇号証の内容及び刑事記録中における存在、証人後藤田勝、同加賀星光(ただし、後記措信しない部分を除く。)の各証言、原告フミコ本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

一  田村は、被告寝屋川建設の常務取締役である訴外中本明宏の姪の夫に当たり、同訴外人の世話で同被告に入社したもので、格別の資産も有していなかつたものであるところ、被告寝屋川建設は、右田村のため被害弁償その他について可能な限り助力する積りであつたこと、

二  被告寝屋川建設の渉外係員である訴外加賀星光は、事故後の昭和四八年五月末頃から数回に亘つて東大阪市内に所在する原告フミコの娘の経営する喫茶店「エムシー」(以下「エムシー」という)等に赴き、同原告及びその女婿である訴外後藤田勝らと本件事故について示談の交渉をしたが、その際原告フミコに対し、勤務時間外の事故であるなどのため被告寝屋川建設には責任がないけれども、田村の叔父が同被告会社にいるため放つておけないので、田村の代理として示談交渉にあたるものである旨を語つていたこと、

三  加賀は、被告寝屋川建設が加入していた乙車の任意保険会社である富士火災の意向を打診しつつ、本件事故により一文同様死亡した訴外亡真井美智子(被害車の同乗者)の遺族との間の示談交渉と並行して原告フミコと交渉していたものであるところ、当初の同原告に対する提示額は一二〇〇万円程度であつたのに対し、同原告側は三〇〇〇万円位を要求したこと、そして、その後加賀は徐々に譲歩案を示したうえ、最終的に治療費六万九八四〇円、葬儀料二〇万円、逸失利益、慰藉料その他一切の損害額として一七〇〇万円、以上合計一七二六万九八四〇円との額を提示したのに対し、同原告側は未だ右提示額では不満であつたが、加賀から被告寝屋川建設としては右金額以上の立替支出は不可能であり、右金額で了承が得られないときには同被告は手を引くから田村と直接話し合つてもらいたいなどといわれたので、止むなく右提示額を受け入れることとしたこと、

四  かくして、昭和四八年一〇月三一日頃「エムシー」において原告フミコ、後藤田、田村、加賀らが会合し、同原告及び田村は、本件事故について、田村が同原告に前記一七二六万九八四〇円を支払うことにより円満に解決する、支払方法は甲車及び乙車の各自賠責保険金を請求、受領し、残余は既払分を差し引き支払う旨が記載された示談書(甲第三号証)の当事者欄に署名、捺印して(ただし、田村は、代署された自己名下に捺印のみした。)、示談契約を締結するに至つた(右示談書は三通作成された。)が、右示談書中に被告寝屋川建設名は全く表示されなかつたこと、

五  これより先、右各自賠責保険金の請求は、原告フミコから当該保険会社である富士火災に対して被害者としてなされていたものであるところ、被告寝屋川建設は、昭和四八年一〇月二三日原告フミコに対し、乙車の自賠責保険金請求が認められなかつた場合には同被告が田村を代理して同原告に五〇〇万円を支払う旨を約した念書(甲第四号証)を差し入れていること、

六  被告寝屋川建設は、前記示談金のうち治療費及び葬儀料については示談契約前に既に原告フミコに支払済であつたところ、同契約締結の際には額面七〇万円の手形一〇通(額面合計七〇〇万円)を同原告に交付して後日これを決済し、また、同契約後甲車及び乙車の自賠責保険金として支払われた一〇〇六万八二四〇円のうち一〇〇〇万円によつて前記示談金全額の決済がなされたこと(なお、右のうち葬儀費用として支払われた分は二〇万円であり、また、被告寝屋川建設が支払つた七二六万九八四〇円は右自賠責保険金の残額と後日支払われた任意保険金によつて全額回収された。)、

七  原告フミコが前記手形の交付を受けた際作成した領収証(乙第三号証参照)の宛名は田村となつているのに対し、前記真井美智子の弟訴外真井康夫の作成した、本件事故に関する昭和四八年一一月八日付示談契約に基づく示談金支払に対する領収証(丙第三五ないし第四〇号証参照)の宛名は被告寝屋川建設及び田村の両名ないし同被告のみとなつていること、

八  田村に対する、本件事故に関する義務上過失致死傷、道路交通法違反被告事件が京都地方裁判所に起訴され、昭和四八年一一月一〇日から昭和四九年九月四日までの間、五回に亘つて公判期日が開かれたところ、田村の弁護人は右公判期日に同裁判所に対し、示談関係の立証として、前記示談書写し(丙第三〇号証、前記三通の示談書のうち田村が所持していたものの写し)、原告フミコ作成の前記領収証写し(丙第三二号証中昭和四八年一〇月三一日付のもの)、前記真井康夫作成の前記領収証写し(丙第三五ないし第四〇号証)及び前記示談契約締結の際加賀が原告フミコから署名捺印を得た減刑嘆願書(乙第四号証参照)等を提出したこと、

以上の事実を認めることができ、証人加賀星光の証言中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしたやすく措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定事実に前述の示談金額が前記第三の二、三に認定表示した総損害額(合計三〇四七万七二三〇円)の六割にも満たないものである点を合わせ考慮すれば、被告寝屋川建設は、従業員田村が同被告の常務取締役と親族関係にあるなどの事情から田村のため同人のなすべき被害弁償について自動車保険金の範囲内で立替え支払うことをもつて田村と被害者との間に示談を成立させ、もつて田村の刑事裁判の量刑上の事情を有利にすべく、自己の渉外係員加賀をして田村の代理人として交渉にあたらせた結果、前記示談が成立するに至つたものであることが明らかであるから、右示談契約における加害者側の当事者は田村のみであつて、被告寝屋川建設はその当事者ではないものといわざるをえない。もつとも、被告寝屋川建設は、前述の示談書(甲第三号証)と全く同一内容の、契約当事者欄に同被告名義の記名、印影のある示談書の写しであるとして乙第一号証を提出し、その原本の存在することは原告らの認めるところであるが、証人加賀星光の証言によると、右示談書は示談契約の際作成された前記三通の示談書のうちの一通で被告寝屋川建設が所持していたものに、後に同被告が右契約後任意保険金を請求するに当たり自ら契約当事者欄に記名、捺印したものであることが認められ、右記名捺印について原告フミコの了解をえたことを認めるに足りる証拠はないから、同号証が前認定の妨げとはならないことは明らかである。また、被告寝屋川建設は、原告フミコが富士火災に対し、田村及び被告寝屋川建設と円満に示談解決したことにより被告大阪東洋タクシーに対する一切の請求権を放棄することを確約する旨が記載された原告フミコ作成名義の念書の写しであるとして乙第二号証を提出し、その原本の存在すること及び印影が原告フミコの印鑑によるものであることは原告らの認めるところであるが、加賀星光の証言によると、右念書は、被告寝屋川建設が任意保険金を請求したのに対し、富士火災から、同被告及び被告大阪東洋タクシーに対する関係についても一切示談解決済である旨の原告フミコ作成の念書を差し出すことを要求されたので、加賀が予め電話で同原告に対し、書類に不備があるので署名捺印してほしい旨連絡したうえ、昭和四八年一二月七日頃「エムシー」において用意していつた念書に同原告の捺印を受けたものであることが認められ、同原告本人尋問の結果中右認定に反する部分はたやすく措信しえないけれども、その際同原告は右念書の内容について説明を受けたり、自らこれを確認したりしたことは認められず、この点に、前認定の示談契約成立の経緯とこれによつて認められる右念書作成当時は被告寝屋川建設の協力によつて右示談契約が成立した後のことで、原告フミコは同被告の任意保険金請求手続に協力すべき立場にあつたものと認められることを合わせ考慮すると、右念書をその記載文書どおり受け取ることはできず、したがつて、同号証をもつてしても、被告寝屋川建設が示談契約の当事者ではないとの前認定を妨げることはできない。更に、証人加賀星光の証言中には、同証人は示談契約締結の際被告寝屋川建設の代理人として加わつたのに、同被告が前記示談書(甲第三号証)の作成名義人になつていないのは、田村のみが示談したように装つた方が同人の刑事裁判の量刑上有利であると判断したので、原告フミコにこの点を説明して敢えて被告寝屋川建設名をはずしたものである旨の供述部分が存するが、しかし、田村に資力がなく、示談金は被告寝屋川建設が立て替えて支払うことは前記刑事事件における田村箇自身の証人の証言によつて明らかにされている(丙第三、第四号証参照)以上、示談契約の当事者が田村のみであるか同人と被告寝屋川建設の両名であるかは、量刑上左程差異を来たすものとは考えられないから、前記加賀証人の証言するような工作を敢えて慮すべき合理的理由は見い出しえないし、また、仮にかかる工作を施すとしても(これが非難されるべき所為であることはいうまでもない。)、示談書が法律関係を証すべき重要な資料となる点に鑑みると、刑事裁判への提出用の示談書についてのみ被告寝屋川建設名を除外しておけば足りた筈であつて、当事者の所持用の示談書にまで、真実を隠蔽して右被告名を除外すべき理由は少しもなかつたものというべきであるし、更に、仮に加賀証人の前記供述どおりであるとすれば、刑事事件に提出される必要もないと思われ、かつ、弁論の全趣旨によつて現に提出されなかつたことが認められる前認定五の念書(甲第四号証)にまで被告寝屋川建設が田村を代理する旨を記載したこと及び前認定七、八のとおり一文関係の示談金領収証の宛名は田村のみになつているのに、同じ立場の被害者である真井美智子関係の示談金領収証の宛名は田村及び被告寝屋川建設ないし同被告のみとなつており、これらの写しが刑事裁判に提出されたこと等と首尾一貫せず、到底合理的な説明をしえないところとなるから、以上の諸点に徴すると、加賀証人の前記供述部分は結局措信し難いものといわざるをえない。そして、証人鐘田登の証言によつても前認定を左右するに足りず、他に前認定を覆えし、被告寝屋川建設が示談契約の当事者であることを認めるに足りる証拠はない。

よつて、被告寝屋川建設は、前記示談契約の当事者とは認められず、したがつて、同契約の効力は同被告に及ばないから、同被告の示談契約の主張は採用することができない。

第七弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容契約に照らすと、原告らが被告寝屋川建設に対して本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は、原告フミコにつき四五万円、その余の原告らにつき各一五万円とするのが相当であると認められる。

第八結論

よつて、被告寝屋川建設は、原告フミコに対し、九三〇万四九二四円及びこれに対する本件不法行為の日の翌日である昭和四八年四月二三日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、その余の原告らそれぞれに対し、一六〇万〇八二二円及びこれに対する前同日から完済に至るまで前同割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があり、原告らの同被告に対する本訴請求は右の限度で理由があるから認容し、同被告に対するその余の請求並びに被告大阪東洋タクシー、同田中及び同高田に対する本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木弘 大田黒昔生 畑中英明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例